宿の女
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「お泊りなさいませ、お泊りなさいませ」 |
弥次
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「エヽ引っ張るな、ここを放したら泊まるべい」 |
宿の女
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「すんならサァお泊り」 |
弥次
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「あっかんべい」 |
按摩
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「アイタヽヽヽヽヽこの眼潰れが、べらぼうめ。あんまァけんびきィ」 |
焼酎売りの声
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「焼酎はいりませぬか、目のまわる焼酎を買わしゃいませ」 |
喜多
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「いい加減にここに泊まろうか」 |
旅篭屋の女
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「サァお入りなさいませ。おさんどん、お泊りだよ」 |
宿屋の亭主
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「コレハお早うございます。お連れ様はおいくたり」 |
弥次
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「影法師ともに六人」 |
亭主
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「ヘイそれは、ヤレちゃァ三太郎はいないか。お湯をとってこい。お茶は煮えて
いるか、ソレまずお風呂を一つあげろ、お飯もわいた、すぐにおはいりなさいま
せ」 |
宿の女
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「お湯にお召しなさいませ」 |
弥次
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「ドレお先へ参ろう」 |
宿の女
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「モシそこは後架(手洗所)でございます。こっちらへ」 |
弥次
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「ホイこれは」 |
十吉
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「時にあのすっぽん(子供から買った)の藁づとは」 |
喜多
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「床の間に置きやした。後の寝酒に料理してもらいやしょう」 |
亭主
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「ごめんくださりませ。ハァおひとりはお風呂か。宿帳をつけます。あなた方のお
国は」 |
喜多
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「ハイわしは泉州」 |
亭主
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「泉州はどこでございます」 |
喜多
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「泉州堺、名は天川屋義平と申しやす」 |
亭主
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「ヘイあなたは」 |
弥次
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「わしかえ。城州山崎村与市兵衛と申しやす」 |
亭主
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「サテハ与市兵衛さまとはあなたか。うけたまわりおよんだあなたの婿殿の勘
平さまはどうなされました」 |
弥次
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「勘平は三十になるやならずに死にやした」 |
亭主
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「ハァそれはお力落し。お軽さまは」 |
弥次
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「ずいぶん達者でいます」 |
亭主
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「そして、狸の角兵衛さまや、めっぽう弥八さまは、たしかあなたのお近所であ
った」 |
弥次
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「さよう、さよう」 |
亭主
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「アノまた猪はどこにいられます」 |
弥次
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「ハァ猪はどこだか」 |
亭主
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「てんつるてんつるてんつるてんはどういたしました」 |
皆々
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「ハヽヽヽヽヽ」 |
亭主
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「イヤ先ず御膳を差し上げましょう」 |
弥次
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「いまいましい。結局あの亭主に遊ばれた」 |
宿の女
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「サァおあがりなさいませ。コレ、おたつどんよゥ、そこの飯櫃ゥ持って来なさ
ろ」 |
喜多
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「ときに、ここにゃァ飯盛と言う代物はなしかの」 |
宿の女
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「このあいだ木曽街道の追分から来た、女郎衆が二人ございます、おさみしけ
りゃァお呼びなさいませ」 |
弥次
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「こいつは面白かろう、器量は」 |
宿の女
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「とくにいいと言うのでもおざりましない。マァ十人前でおざいます」 |
喜多
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「ハヽヽヽヽ、十人前の飯盛か、面白い。呼んでくんな」 |
宿の女
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「すんならただいま」 |
十吉
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「おめえがたァなにか、野暮からぬお話だね」 |
弥次
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「ぬしゃァどうだ」 |
十吉
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「イヤわたしはアノ宿の女中にすこし話し合いがありやす」 |
宿の女
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「これは御如才でございます。サァご飯をお替えなさいませ。モシ今呼んだ女郎
衆が参りました。コレおまいちゃァ、ここえ来なさろ。ドレ迎えに行かずに」 |
宿の女
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「サァサァ来なさろ、来なさろ」 |
飯盛のお竹
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「アレハアヽ一人で行ぎます。そんなにしょびきなさんな」 |
飯盛のおつめ
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「どうせハァ、出べいとこさァ出にゃァならない。サァお竹さん、つん出なさろ」 |
喜多
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「サァサァここへ来なせい。時に女中、飯の膳は引いて酒にしやしょう」 |
宿の女
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「ハイ、今に出します」 |
宿の女
|
「サァ一つあがりませ」 |
弥次
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「ドレドレ」 |
飯盛のお竹
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「コリヤハァわしにかえ」 |
飯盛のおつめ
|
「おたつどん、御慮外だもし」 |
喜多
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「ひとつ飲みなせえ」 |
飯盛のおつめ
|
「わしらァそんなには飲みましねえ。ヤレさてこの衆はやたらにお注ぎやること
よ」 |
宿の女
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「お竹さん、お前っちのとこじゃァ、みんなこれをさしているの」 |
飯盛のお竹
|
「コリヤハァお江戸でもはやるげでの、わしらがとこの金弥さんが、野尻の彦十
さんに買ってもらったげで、えらい自慢らしく、家中の者にひけらかすから、わし
もはァ、あの衆のさす物をささないでもくやしいから、意地の立て引きづくで、あ
たら廿四文もの大金をうっちゃったァもし」 |
宿の女
|
「おつめさん、おまいの櫛を見せなさろ」 |
飯盛のおつめ
|
「おらァやあだよ。ハヽヽヽヽヽ」 |
宿の女
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「アレマァ、コリヤァ札の辻の太郎左衛門さんの紋所だァよ」 |
飯盛のおつめ
|
「知っちゃったかやァ」 |
宿の女
|
「もうみなさま、横になってお休みなさいませ」 |
十吉
|
「ホンニわしは次の間へ寝やしょう」 |
弥次
|
「ナニサ一緒にここへ」 |
十吉
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「コレハ迷惑な」 |
宿の女
|
「サァおまいがたも、着替えてきなさいまし」 |
飯盛のお竹
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「もう横におなりやしたか。ひどく寒い晩だァもし」 |
弥次
|
「もっとこっちへ寄りなせえ。なにも遠慮はねえから。ちっと話でもしなせえ」 |
飯盛のお竹
|
「わしらがようなもなァ、お江戸の衆にゃァ、こっ恥ずかしくて、なにも語るべいこ
たァござなえもし」 |
弥次
|
「ナニ恥ずかしいも気が強え。おめえもういくつだ」 |
飯盛のお竹
|
「わしゃァハァ、お月様のとしだよ」 |
弥次
|
「ムムお月さまいくつ、十三七ッで廿ということか、大分洒落もうまいの」 |
飯盛のお竹
|
「ホヽヽヽヽ、わしらァこの間、追分サァから来て、これのところの客衆サァ、どう
したらよかんべいか、なおさらお江戸の衆にゃァ、気がつまってなりましない。
帯のゥ解きなさろ。そしてこの足さァわしが上へのっけなさろ」 |
弥次
|
「オイオイこうか、こうか」 |
飯盛のお竹
|
「ヤレハァ寝づらいこんだよ。そしてえらくに後へ下がりやることよ。もっと上へ
つん出なさろ」 |
弥次
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「オット承知、承知」 |
喜多
|
「誰だ、誰だ」 |
弥次
|
「アタヽヽヽヽヽ」 |
飯盛のお竹
|
「ヤレうったまげた。どうしたえ」 |
弥次
|
「火をともしてくれろ。アイタヽヽヽヽヽ」 |
飯盛のお竹
|
「なんとしたえ」 |
喜多
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「真っ暗で根っからわからねえ」 |
飯盛のお竹
|
「おたつどん、おたつどん、最前からお客衆が手を叩かっしゃる。早く灯しを持
ってきなさろ」 |
弥次
|
「早く、早く、アタヽヽヽヽヽ」 |
女房
|
「アレマァ、ここへはどうしてすっぽんが来たやァ」 |
喜多
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「ハヽァ昼間のすっぽんが、藁づとの中からはい出たのだな。コイツすっぽんと
抜けそうなもんだ」 |
弥次
|
「エヽ洒落どころじゃァねえ。アレ血が出る、痛い痛い」 |
飯盛のお竹
|
「なんだと思ったら、すっぽんだァもし。ソリヤァ指を水の中へ入れなさると、じっ
きに放して、つん逃げ申すわ」 |
女房
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「ホンニそうしなさいまし」 |
弥次
|
「ヤレヤレヤレ、とんだ目にあった」 |
喜多
|
「イヤはや、奇妙希代希有きてれつ、珍事中夭、言語道断なことであった。
ハヽヽヽヽ」 |
宿の女
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「おひとりは、どこへ行きなさった」 |
喜多
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「ほんに十公はどうした」 |
弥次
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「大方、雪隠だろう。先にやらかせ」 |
弥次
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「コレ喜多八、アノ十吉とやらァなんだろう」 |
喜多
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「さればなぁ」 |
弥次
|
「ハテ合点のいかぬ。アノ野郎の風呂敷包も笠もねえ。大方、おいらが寝てい
るうちに立ってしまったとみえる」 |
喜多
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「ヤァそんなら、なんぞなくなりゃァしねえか」 |
弥次
|
「何も別状はねえが」 |
弥次
|
「イヤイヤ別状があるようだ」 |
弥次
|
「ヤァヤァヤァ」 |
喜多
|
「どうした」 |
弥次
|
「どうしたどころか、金が石になってしまったエヽエヽ」 |
喜多
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「こいつは大変、たいへん」 |
弥次
|
「くやしい。今の野郎めにすりかえられた。コレ女中、御亭主を呼んでくんな。早
く早く」 |
亭主
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「いまうけたまわりました。さてさてとんだことでござります」 |
弥次
|
「イヤ貴様御亭主だの。コレすまねえぞ、すまねえぞ。あんな護摩の灰に宿を
かすからにゃァ、こなたも上前を取るだろう。なぜおいらに話もせずに、あの十
吉の野郎を先に立たせた」 |
亭主
|
「コレハけしからぬ。お連れ様と存じて、泊めたのでございます。今朝立たしゃ
ったのも、さっぱり知りませぬ。大方裏道からでも」 |
|
|
弥次
|
「裏道から逃げたのいいぐさもすさまじい。そんな手や口にまるめられる木偶の
坊じゃァねえ。なんでもあの護摩の灰を出せ出せ。コレェおれをそんな野郎と
見損なったか。お江戸でも神田の八丁堀で、栃面屋の弥次郎兵衛さまと言っち
ゃァ、おそらくおれが近付きの知り人なら、誰知らぬ者はねえわ。悪くほざきや
ァがると、屋台骨を叩っこわして、この土地を合羽の干場にしてしまう地請人に
おらが立つことになるぞ。足元の明るいうちに、サァ護摩の灰めをここえ出せ。
サァ出せ、出せ、出せ」 |
亭主
|
「これは御難題、さりとてはお気の毒な」 |
弥次
|
「ナニお気の毒の人丸さまだ、イヤ四斗樽さまがあきれらァ。サァ四斗樽めをこ
こへ出せ」 |
亭主
|
「ナニ、しとだるとは」 |
弥次
|
「イヤサ四斗樽を合点で泊めるからにゃァ、貴様も一ツ穴の狐だ」 |
亭主
|
「これは無茶な。ナニわしらが四斗樽とかを泊めましょう」 |
弥次
|
「泊めねえことがあるものか。タベから今のさきまで、ここの家に寝ていたわ」 |
亭主
|
「アノ四斗樽がかえ」 |
弥次
|
「オヽサ四斗樽、イヤイヤ護摩の灰だ、護摩の灰だ」 |
喜多
|
「コレ弥次さん、マァ静かにしねえ。かわいそうに御亭主の知ったことじゃァね
え。道連れにしてきたは、こっちが悪い。どうも仕方がねえと、あきらめなせえ」 |
亭主
|
「さようさよう、これが私どもの家へござってからの相宿ならば、おっしゃることも
もっともだが、一緒にござったものを、申さばおまいたちの御粗相というもん
だ」 |
喜多
|
「違えなしさ。コレ弥次さん、おめえ力んでもはじまらねえ。どうもしょうことがね
えわさ」 |
喜多
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「弥次さん、マァ飯でも食いねえ」 |
弥次
|
「飯も食えねえ。ナント喜多八こうだ。府中(駿府)まで行けば、ちったァ算段す
るあてもあるから、まず一文なしで出かけよう」 |
喜多
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「弥次さん、そう力を落としなさんな。たかがこんなもんだ」 |
弥次
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「喜多や、おらァもう坊主にでもなりたい」 |
喜多
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「おめえ、とんだことをいう」 |
弥次
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「いっそ、江戸へ帰ろうか」 |
喜多
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「ナニサ、帰ることがあるもんだ。柄杓を振ってでもお伊勢さままで行ってこにゃ
ァ、外聞が悪い」 |
弥次
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「それでもモウひだるくて歩かれぬ」 |
喜多
|
「ハテ待ちなさい。ここに、江戸からことづかってきたお伊勢さんのお賽銭の十
二文の銅銭があるから、先へ行ったら餅でも買って食いなせえ」 |